夫の彼女は私でした。(仮)【1】

煌びやかなネオンに、いささか昭和を感じるホテル街
決してお洒落でもなく綺麗でもないホテルは、秘密の恋人の逢瀬には丁度良かった。
そんな一室で腕枕をされながら、そっと彼女は呟いた
「今夜は、ずうっとこののまま一緒にいれたらいいな♡」
「俺も、そうしたいとは思ってるよ。」
男は間髪入れずにそう答えると、愛おしさを込めるように優しく彼女の頭を撫でた。
「また明日、会社で会えるだろう?」
「そうなんだけど、そうなんだけど・・夜の雄介くんも私のものだったら幸せだなって・・つい思っちゃうの」
雄介と呼ばれたその男は、ベッドサイドに置いた腕時計の時間をチラリと確かめる。時計の針は、22時過ぎ。
「そんな可愛いオマエだったら、俺も離れたくなくなるよ!早く一緒になれるように・・俺も頑張るから。」
そう言うと、再び彼女に身体を重ねた。

「はぁ、すっかり遅くなっちゃったな。」
雄介が自宅マンション前にたどり着いた時、時計の針は0時をゆうに過ぎていた。
何も悪いと思う事はない。俺は仕事をしてきたんだからな、そう一人呟いて歩みを進める。

「ただいまー。」
少し小さめな声で、そう言って玄関のドアを開ける。
リビングの電気がついているのが見えた。まだ妻の早紀は起きているみたいだ。
「はぁ~。」
男の口からは、自然とため息が漏れた。
後ろめたい事をしてきたのは自分なのに、それを口に出して責めるわけでもなく、良妻を全面に出しながら責める早紀に辟易としていたからだ。

リビングに入ると、少し眠そうな顔をしながらも、健気にキッチンに立っている早紀がいた。
「雄介君、おかえり!遅かったね・・大丈夫?今日はなんで遅かったの?連絡くらいして・・」

[ダンッッッ!!]
早紀の言葉を遮るように、雄介は勢いよくテーブルを両手で叩いた。
もう疲れて寝たいばかりなのに、また長々とした小言を言い始めようとする早紀をうっとおしく感じた。

「ガタガタうるせぇな、こっちは仕事の後の接待で疲れて帰ってきてるのに、お疲れ様の一言も言えないのかよ??」
テーブルの上には、早紀が夫の為に用意したであろう夕食がラップをして並べてあった。

雄介は、まるでワイパーのように勢いよくそれらを叩き落とした。
[ガッシャーーーン]
大きな音を立てて床に落ち飛び散る食材、そして割れる食器。
「キャッ」
早紀は悲鳴をあげる。

まるでその惨状がスイッチを入れたかのように、雄介は怒鳴りつける。
「お前の為に遅くまで頑張る旦那に、ねぎらいの言葉をかけられないどころか、厭味ったらしく飯をならべとくなんて、どういう神経してんだよ、お前?この時間にこんな重いメシ、食えってか??」
鬼のような形相ですごむ雄介に、ただ立ちすくむしかできない早紀。
「ごめんなさいはねぇのかよ?」
雄介がそんな早紀の肩を強く押すと、早紀はふらついて後ろに尻もちをつくように倒れた。

グチャグチャに散らばった夕食とガラスの上で、とっさに着いた手に痛みが走ったが、早紀はそんな事を気にする間もなく、両手を顔の前で交差させ、頭と顔を守る姿勢をとっていた。
「ごめんなさいはっ??」
雄介はそんな早紀を心配する事もなく、畳みかけるように怒鳴りつけると同時に、しゃがみ込む早紀を更に横から蹴りつけた。
予期せぬ方向からの衝撃に、小さな早紀の身体はいとも簡単に倒れ込んだ。

「ごめ・・ん・・なさい。」
痛みで呼吸がやっとの状態で、吐き出すようにそう言葉にする早紀。

その様子をどこか満足気に見下ろした雄介は、
「あーあ、きったねぇなぁ。スーツも汚れちゃったよ。お前が悪いんだし、明日クリーニング出しとけよ。シミでもなったら許さねぇからな。」
そう言いながら、部屋を出て行った。

肋骨のあたりの痛みで、早紀はしばらく動けずにいた。
サーっとシャワーの音が聞こえるから、夫はシャワーに入っているようだ。
痛みと、驚きと、悲しさが混ざって、ハラハラと涙がこぼれる。
助けを呼びたいし、せめて声を出して泣きたいと思うけれど、それは更なる夫の怒りに火をつける行為以外の何物でもないのはよくわかっていた。
ただ、無言で涙を流し、痛みが少しおさまるのを、グシャグシャになった料理の上で静かに待つしか出来なかった。

[パタンっ]
しばらくすると、そんな妻の様子を見にくる事もなく、寝室のドアが閉まる音が聞こえた。

ようやくその頃、呼吸の整った早紀は、ゆっくりと身体を起こし、
「いたたた・・っ。あーあ、せっかく作ったのになぁ。」
夫には聞こえない小さな声で呟いて、まだ止まらない涙を手でぬぐった。
手についた血が視界に入る。
「あれ?切れちゃったかな?痛いと思ったんだけど。」
押し倒された時、とっさについた手がガラスで切れていたようだ。
早紀はゆっくり立ち上がると、シンクで手を洗った。
少しブラウスをめくってみると、さっき蹴られたところも赤く腫れ始めていて、ずきずき痛む。
とりあえず汚れた服を全て脱いで、ラフな部屋着に着替え、散らばった夕食の片づけを始めた。

雄介君、どうしちゃったんだろう?
付き合ってた頃も、結婚してからも、優しかった夫。
「一生早紀を大切にするよ」そう言って、一緒になったはずなのに、その歯車はここ1年くらいズレてきている気がしていた。

思い起こせば、きっかけは私の思いやりのない態度だったのかなと思う。
仕事が忙しくて、中々早く帰れない日が続き始めた時、寂しさを感情にまかせて夫に当たった事が、彼を追い詰めたんだと思う。
広告代理店の仕事は、クライアントに合わせて遅くなる事もあるし、大きな会社からの仕事は各社コンペ形式だから、資料制作で忙しくなる時期もあるって聞いていたのに。
自分だけが寂しいってワガママを言った私が悪かったんだなぁって、今頃反省しても遅いよね。

でも、最近は今仕事で何をしているかも話してくれないし、遅くなる頻度も以前より多い気がする。
それをゆっくり聞きたくても、さっきみたいに怒りのスイッチが入ると、夫は感情の制御が効かなくなる事も頻繁にある。
決してDVとかじゃない、私が気づかいできないのが原因なんだから。
むずかしい仕事を抱えてるのかな?きっと、ひと段落する時期が来れば、以前の優しい夫に戻ってくれるはず。

そんな思いを自問自答するうちに、また涙が溢れる。
「私もシャワー浴びようっと」
これ以上辛い気持ちにならないように、私はそんなマイナスな思考を停止させ、静かにバスルームに向かった。

翌朝、いつもの時間に目を覚ましリビングに入ってくる夫。
「雄介君、おはよう・・」
と言い終わる前に、夫は後ろから私を抱きしめた。
「早紀、昨日はごめんな。どこも痛くない?今仕事が山場でさ・・難しい問題が多くて、ついつい早紀にキック言っちゃった。ごめんな。」
「ううん、ごめんね、私も気を使ってあげられなくて。」
良かった、いつもの夫だ。また涙腺が緩みそうになる。

「今夜は、上手く行けば早く帰れるから、早紀の美味しいご飯を食べるよ。俺の好きなハンバーグがいいな。」
そう言うと、夫は私の頭を優しく撫でた。
その時の私は、そんな夫の行為を深く考えず、その優しさに昨日の痛みもすっかり忘れていた。
大丈夫、私達は絶対いい夫婦だ。
二人なら、何でも超えていける。朝の光の刺すキッチンで幸せに包まれた一日の始まりだった。

その日は約束通り、19時頃に帰宅した夫。
「今日は絶対定時で帰ろうって、朝から部署のみんなに言ったんだ。疲弊してるのはみんなだからな。」
そっか。頑張ってるのは夫だけじゃなくて、皆なんだな。私も、もっともっといい奥さんにならなきゃ!そう思っているところに、続けて夫は
「でも、俺だけ幸せ者なのは申し訳ないよな。こんないい嫁がいて、こんな旨いハンバーグを作ってくれるんだから。」
大きな口で子供のようにハンバーグを食べながら、満面の笑みでそう言ってくれる。
時々少年のようなかわいらしさのある大好きな夫、昨日の事を忘れたわけじゃないけど、その分よけいに穏やかな時間が嬉しかった。

幸せな夫婦の夕食。二人で飲んだワインもとっても美味しかった。
食後、なんともいえない幸福感に包まれながら後片付けをしている私に
「風呂入ってくるわ」
と、いつもより早い時間にバスルームに向かった夫。
もしかして、今夜は久しぶりにSEXもしてくれるかもしれない?
愛し合うのも、夫が忙しくなってからは全くなかったので、ドキドキしながら急いで皿洗いを終える。

手早く後片付けを終え、ソファに座って一息つきながら、改めて幸せな時間をかみしめている私。

そんな時、ふいにソファーに置いてあった夫の携帯が、ピロンと鳴った。
珍しい、いつもは鞄の中にあるのに。あ、そういえば、さっきお風呂に入る前になんか触っていたな。
うっかりお尻の下に敷いてもいけないから、テーブルに置いておこうと、そっと携帯を手に取る。

見るつもりなんて、なかったのに・・

【昨日のSEXが忘れられないよぉ(><)今すぐ雄介君に会いたい❤】

赤いハートの絵文字がプルプル揺れる、そんなメッセージが届いていた。

貴子
貴子

えっ?どういう事??
SEX??
気になる次話はコチラ

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